第4話 市境のパイスケ製造業

ページ番号1005046  更新日 令和2年1月10日

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町や市の行政区域は、たいてい道路や川を境で決められています。自動車などは、ほとんど標示でもないとまちの名を気づかず、通過してしまいます。32年前の昭和17年、毎日新聞の「中山道下る」という道中記に「中山道は大宮を過ぎると家並みが接して境界が分からないが、辻(浦和市)、蕨町、戸田ぐらい境界がはっきりしているところはほかにない。蕨町ではどうしたものか辻や戸田には見られないパイスケ製造業(土砂などを運ぶかごで語源はバスケットのなまり)が軒を並べ、出来上がったパイスケやその材料の篠竹をどの家の前にも積んでいる。また、川口では金属工業が全部であり、蕨では繊維工業がはっきりしている」とあります。 昭和49年7月号掲載

昔の写真
昔 篠竹が家の前に積まれていた昭和17年ごろの境橋付近
今の写真
今 昭和49年の境橋付近。今もパイスケが作られています

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