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蕨見どころ案内(塚越地区)

最終更新日:2019年2月8日

塚越稲荷社 所在地:蕨市塚越3-2

塚越稲荷社は、塚越3鎮守の1つで、「東の稲荷」とも呼ばれています。

創建年代は明応年間(1492〜1501)と伝えられています。
社殿は6メートルほどの塚の上にあり、「塚越」の地名の由来になった塚といわれています。

境内には、蕨の織物業を発展させた「高橋新五郎」と妻「いせ」を祀った機(はた)神社や、
塚越稲荷社の別当を務め、足立坂東三十三箇寺の33番札所の定正寺(じょうしょうじ)観音堂など様々な文化財が残されています。

〔定正寺は明治4年(1871)に廃寺となりましたが、観音堂だけが残されています。〕

塚越稲荷社本殿

塚越稲荷社本殿(つかごしいなりしゃほんでん) ◎市指定文化財

 

塚越稲荷社本殿は、一間社流造り、屋根はこけら葺きで、全体に赤色塗装がされています。  

蟇股(かえるまた:社寺建築で荷重を支えるための部材)・肘木の絵様などから、江戸時代中期の建築物だと思われます。

〔※一般公開はしていません〕

猿田彦大神碑
猿田彦大神碑(さるたひこたいしんひ) ◎市指定文化財

塚越稲荷社境内にあるこの石塔は、文政13年(1830)に田村善太郎らが造立したものです。  

道を守る神様の猿田彦(さるたひこ)を祀っており、石塔の両側面には、川口の芝・鳩ヶ谷・戸田・江戸への道しるべが刻まれています。  
また、この石塔は、蕨宿の石工として有名な「卯之助(うのすけ)」の作品の1つです。
天満宮本殿
天満宮本殿(てんまんぐうほんでん) ◎市指定文化財

天満宮本殿は、塚越稲荷社本殿左脇の覆屋(おおいや)の中にあります。一間社流れの見世棚造り形式で、長押〔なげし:柱と柱をつなぐ水平材〕の形や
身舎桁の背を切り落としていることなどから、安土桃山時代から江戸時代前期の建築物だと思われます。

この本殿内には、蕨市指定文化財の「木造天神座像」が納められています。

〔※一般公開はしていません〕
木造天神座像
木造天神座像(もくぞうてんじんざぞう) ◎市指定文化財

この像は、塚越稲荷社末社の天神社のご神体で、蕨市指定文化財「天満宮本殿」に納められています。像主は、学問の神様「菅原道真(天神様)」。

頭や体などの主要部分は一木から造られ、束帯(そくたい)で冠をかぶり、畳座に座った姿で彩色されており、室町時代末期から江戸時代初期の作と思われます。

〔※一般公開はしていません〕

高橋新五郎遺跡 ◎市指定文化財  所在地:蕨市塚越3-2

江戸時代末期から蕨では塚越村を中心に、綿織物業が盛んになりました。

特に、蕨の綿織物業の発展に貢献した塚越村の高橋家5代目新五郎とその妻いせは、「機神様(はたがみさま)」として、塚越稲荷社境内にある「機神社」に祀られ、
織物業の繁盛を願う人々の信仰を集めました。

「機神社」前の鳥居〔嘉永5年(1852)建立〕には、「機屋繁栄」の文字が刻まれ、その信仰の深さを物語っています。

現在、蕨西口駅前通りで毎年8月に「機まつり」が行なわれていますが、この「機神社」に、織物業の繁栄を願って8月7日〔高橋新五郎が織物業を始めた日と伝わる〕に
お参りする行事が本来の「機まつり」で、現在も行なわれています。

木造高橋新五郎坐像
木造同夫人坐像

木造高橋新五郎座像(上)
 木造同夫人座像(下)

木造高橋新五郎夫妻座像(もくぞうたかはししんごろうふさいざぞう)
◎市指定文化財

 

この像は、蕨の綿織物業の発展に貢献し、「機神様(はたがみさま)」とされた高橋新五郎夫妻の座像で、「機神社」の神像として、社殿内に収められています。


木造高橋新五郎座像は、台座上に座し、狩衣に烏帽子、濃緑の衣に家紋「竹に菅笠」が金色で描かれています。前面に反物を二重ね積み、染めや模様も彩色で表現されています。


木造同夫人座像は、台座上に正坐し、朱色の着物に藍色の羽織、帯を前に締め垂らしています。ザグリ(座繰)とフワリという糸取の道具を操作している姿で、ザグリとフワリは動く造りになっており、実際に藍色の木綿糸が巻かれています。

この2躯の神像の制作年は明らかではありませんが、積まれた反物の柄などから、明治時代初期の作と推定されます。


〔※一般公開はしていません〕

 
木造徳川家康坐像

  木造徳川家康座像(もくぞうとくがわいえやすざぞう)
◎市指定文化財

 

この像は、「機神社」の前身である「関東大権現社(別称 吾妻社)」の神像でした。
現在は「機神社」の神像として、木造高橋新五郎夫妻座像と共に社殿内に収められています。


三つ葉葵紋の入る光石の台座上に座し、衣冠束帯姿の像で、瞳は玉眼の造りとなっています。


制作年代は明らかではありませんが、「関東大権現社」が宝永5年(1708)までに勧請されたこと、また、同社へ授与された幣帛が享保8年(1723)のものであり、幣帛より神像が先に存在するであろうことから、江戸時代中期頃の作と推定されます。


〔※一般公開はしていません〕

 
機神社幣帛

  幣帛(へいはく)
◎市指定文化財

 

この幣帛は、紙の幣が付くもので、木箱に3本収められています。また、葉が付いたままの榊の枝が添えられています。


木箱の蓋の表に「武州足立郡塚越村関東大権現幣帛」、蓋裏に「享保八年正月十四日神祇管領兼敬」と墨書銘があり、享保8年(1723)に神祇管領の卜部兼敬から、「機神社」の前身である「関東大権現社(別称 吾妻社)」へ授与されたものであることがわかります。


この時代の幣帛、そして葉が付いたままの榊の枝が現存することは、非常に珍しく、貴重な資料です。

〔※一般公開はしていません〕

双子織縞帳(高橋家) ◎市指定文化財  所在地:蕨市塚越3-2

この縞帳(しまちょう)は、蕨の綿織物業の発展に貢献した塚越の高橋家に伝わるものです。

幕末から明治時代にかけて、高橋家で生産された織物の柄見本帳で、商品の注文をとる際にも使用したと思われます。
蕨の特産品となった双子織(ふたこおり)の柄見本や、平織(ひらおり)など様々な織物の柄見本が貼付されており、高橋新五郎が様々な織柄の研究をしていたことがわかります。
 
また、イギリスのマンチェスターの紡績会社のラベルが貼付されており、横浜港の開港とともに、輸入綿糸を安く仕入れて製品の大量生産体制を確立するなど、時代の先を見据えた高橋新五郎の企業家としての一面もうかがうことのできる資料です。
 
現在、4冊の縞帳が現存しており、近代産業史の資料として貴重なものです。

〔※歴史民俗資料館で展示しています〕

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郵便番号:335-0004
住所:蕨市中央5-17-22
電話:048-432-2477
E-mail:rekimin@city.warabi.saitama.jp

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